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第3話 相続手続き完了!日本の農業は大丈夫か?

前回 第2話「古民家を解体しないと買い手がつかない?」のあらすじ

「淀江プロジェクト」第2話・・・洋子の父の四十九日の法要で家族が実家に集まる。子供たちも含めて、いろんな会話が飛び交う中、実家の処分を検討することに。築90年近く経つ古民家はいくらで売れるのか?それとも売るのは難しいのか?田畑はどうにかできるのか?見積もりを投げかけた不動産屋さんの見解はいかに? 

第2話  Yodoe Project Story  第4話


【第3話 相続手続き完了!日本の農業は大丈夫か? のあらすじ】

「淀江プロジェクト」第3話・・・洋子の父が亡くなってから9か月。洋子と弟の衆は相続手続きを終え、税務署に資料を提出する。母が亡くなったとき、また父の生前、こうしておけば良かったのに・・・と悔やむことも。「青地・白地」や「第1種農地・第2種農地」といった言葉にも詳しくなる。日本の農業はこんなことで大丈夫なのか?姉弟でそんな話もしながら、少しこの地域を巡ってみる。さぁ、これからどうする?

相続税申告の対象になる?

壁面本棚
母屋も離れも父の蔵書、父が姉弟に購入してくれた本で溢れている。空いている箇所は本を親戚の人などに持ち帰ってもらった部分。

洋子の父は、読書が大好きで、若い頃から本の購入には糸目を付けなかった。壁付けの本棚以外も家じゅう本棚だらけ。中学校の社会と英語の教員だった関係もあり、また文学や芸術にも興味があり、世界事情や各国の歴史・文学全集などを中心に本棚にはぎっしりと本が詰まっていた。子供たち(洋子と衆)にも壁一面では入りきらないたくさんの本を購入して、小さい頃は毎日読み聞かせをしてくれていた。

また、旅行が好きで、洋子が小さい頃から、夏休みは九州・北海道はじめ、国内を一緒に家族旅行し、お陰で洋子も旅好きになった。そして洋子が中学生になってからは、父は、一人で海外へ出かけるようになった。

 

本の購入や旅行、子どもたち(洋子と衆)の習い事にはお金を使っていたが、酒も飲まず、タバコも吸わず、車は免許も持っておらず、移動は公共交通機関か自転車で、節電などいろんな形でこまめに節約をして、堅実にお金を貯めていた。自分より 妻 景子の方が長生きすると思って、自分が亡くなった後、景子に財産が残るように工夫もしていた。

 

2009年に、洋子の母 景子が亡くなったとき、洋子とその弟の 衆 は、父が望んだので、母の財産がいくらあったのかなど何も確認することなく、相続放棄の書類に印鑑を押した。あのとき、洋子と衆の二人も相続をしておけば、今回、相続税は払わずに済んだかもしれない。 

 

また、相続税申告のボーダーライン(基礎控除)は、母 景子が亡くなった頃は法定相続人が2人の場合は7,000万円・3人の場合は8,000万円だったが、平成27年1月1日以降、税制が変わり、ボーダーラインが低くなっていた。

 

3,000万円+(600万円×法定相続人の人数<2人>) =4,200万円

 

姉弟二人でいろいろと確認、調べた結果、洋子の父 茂の預貯金と名寄帳からの土地・建物の評価額を合わせると、そのボーダーラインを超え、相続税の対象となりそうだ・・・ということが判明した。


農地は簡単には宅地に転用できない!

農業振興地域制度と農地転用許可制度の概要
農林水産省:農業振興地域制度のホームページより

洋子の父 茂が亡くなったのは、2017年9月23日。

相続税の申告期限は、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内ということで、申告期限は2018年7月23日。

 

父が亡くなってから半年後、2018年3月18日~21日の期間、本当に相続税の対象になるのか、現地でいろいろと調べようということになり、彼岸の墓参りも兼ねて、姉弟 洋子と衆は実家に集合した。

「一度農業委員会とかにも行って、不動産屋さんの言葉通り、本当にこの田んぼが宅地にできない土地なのかどうかも調べてみようか?」 

 

米子市の農業委員会に二人で出向いて、「青地(農業振興地域内農用地区域農地)」「白地(農業振興地域内農用地区域外農地)」という言葉を耳にし、相続する田んぼが白地だということ、そして、白地の農地にも種類があり、第1種農地なら原則転用不可、第2種農地なら転用を許可される可能性が増えるということ、また、市街化調整区域なので、よけいに農地転用がしにくいことも知る。

家から9号線を渡ったところにある田んぼ(3,463㎡)は、公道などで囲まれていないため大山町の農地と地続きという判断で第1種農地になるということがわかり、「土地収用法(事業認定)の対象事業」<学校や福祉施設など>の転用だけが認められる土地だということも判明する。学校や福祉施設などに転用する場合でも、農業委員会や県知事の許可が必要で、転用にはかなり時間がかかることがわかった。

 

また農地法の関係で、田畑は、農地を持った農業従事者にしか売れないということもわかった。


農地転用が難しいとわかった田畑はどうしたらいい?日本の農業は大丈夫か?

家から9号線を渡ったところにある田んぼは3,463㎡は、母が亡くなってからは、父が近所の方にお願いして、小作人契約を結んで、米を作ってもらっているようだった。その契約書類も出てきたので、その方に連絡を取って、姉弟二人で家を訪問した。農業委員会に提出した小作人契約では、固定資産税にも満たない賃料を支払ってもらう契約になっていたが、そのことを確認すると、

「お父さんに頼まれて、大変だけどやってあげていた。賃料を支払うということになるのなら田んぼはやらない。」

というニュアンスのことを言われてしまった。

 

「安い賃料も全く払ってもらえず、作ったお米も全く貰えず、固定資産税や土地改良区に支払うお金は全てこっちで払えってことだよね?」

「どうせお金が貰えないなら、志が高くてこれから農業をしっかりとやっていきたい若者に売りたいけど、農地法で、農地を持っている農業従事者にしか田畑は売れないんだね。」

「農業従事者も年寄りが増えて、一体日本はこれからどうなっていくのかな?」

「日本の農業、こんなことで大丈夫かな?どんどん荒れた農地が増えていくんじゃないかな?」

「農地転用は難しそうだし、とりあえず、賃料は貰わず、今回は米を作ってもらおう。その後のことはこれから考えよう。」


相続税の申告がやっと終わった!

相続税の対象だということが判明し、税務申告期限7月23日が1ヶ月に迫った6月20日~23日、いよいよ税務署に申告書を出そう!と、姉弟はまた実家に集合した。税務署に何度か不明点などを問合せをして数字を固め、洋子がお得意のExcelで位置合わせをして作った資料などを印刷したりして、金曜日の夕方ギリギリの時間に姉弟二人で、今までも確認や相談をしていた米子税務署の小谷さんを訪問。

 

途中の計算方法が違っていて、「こうするんですよ」という小谷さんの説明を聞いているうちに税務署の閉館時間に・・・。

修正部分はわかったので、後日税務署に郵送することにして、実家に戻る。

 

父が亡くなってからの半年、空き家問題・農地問題・担い手が居なくなっていっている農業問題などに直面し、このままでいけば必ずややって来るであろう日本の未来を憂い、いつも楽観的な洋子と衆は、絶望的な気持ちになったりもした。

 

「せっかく淀江に来たんだから、ちょっとこの周辺を周ってみて、のんびり海を見て、海の幸の美味しい所に食べに行って、また考えよう!」 

 

「そうだね。きっと私たちができるいい方策がいつか生まれてくるよ。」

 

6月28日、税務署に書類を送り、父が亡くなってからの大きな仕事、相続税申告の手続きが無事終わり、納税をした。

日本の相続についても、いろいろと学び、知った9か月だった。

 


淀江の宿 今津田中家 瓦版 第4号 4面
淀江の宿 今津田中家 瓦版 第4号 4面

次回 第4話 「大阪で地震、そして台風直撃…」 のあらすじ

「淀江プロジェクト」第4話・・・相続手続きが終わる少し前、大阪で最大震度6弱の大阪府北部地震が発生、交通機関が止まる。またその約2か月半後の9月4日、台風21号が関西を直撃、大規模な停電が起こり、洋子の事務所の周りでも1週間以上停電となったマンションやお店などがあり、事務所にも充電を求めて、近隣の方たちが連日訪れることとなった。この経験が、実家を処分することも検討していた洋子の考えを大きく変えていく。